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払わない親の増加で大問題になっていますが、ふと我に返った時、そういえば家は払っていたかしら?と不安を覚えた私でした。実は払っていた記憶もなければ、金額の記憶もなくて、もしかして払わずに卒業したのか?と不安になり通帳をチェック。
校納金として毎月引き落とされていました。ほっとしました。(苦笑)
金額は一月で4千円弱。全部が給食費かは定かではありませんが(なんという問題意識のない親なんでしょう>自分)金額的には、それこそ公的補助や、給食費免除の家庭でなければ、高くて払えないという金額ではなさそうです。
問題は、親の意識の低さなのかもしれません。払わない人だけではく、私のように払っていることをまったく意識してない親もいるわけで、ということは、逆に払ってないことをまったく意識していない親もいるということでしょう。
親として、もうちょっと子供の教育のことや学校のことに、目を向けなければと反省しました。
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同級生の女生徒の携帯に2日間で700通ものイジメのメールを出していた中学3年生の男子生徒が逮捕されたという話をネットのニュースでみました。イジメが原因の補導ではなく、奈良県迷惑防止条例違反容疑で逮捕したということです。
ということで、奈良県迷惑防止条例を調べてみました。第1条~第14条からなる条例で、上記の中学生が違反したのは、下記の条文だと思われます。
電話等による嫌がらせ行為等の禁止)
第十条
何人も、正当な理由がないのに、電話その他の電気通信の手段、文書又は図画により、他人に対し、反復して、虚偽の事項、卑わいな事項等を告げ、粗野若しくは乱暴な言語を用いて、又は電話で何も告げず、著しく不安又は迷惑を覚えさせるような行為をしてはならない。
罰則は常習者でなければ、「六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金」となっていました。
中3のこの時期に拘束されるということは、今後の人生にも大きな影響がでますでしょうね。メールでのイジメは単なる憂さ晴らしだったのかもしれませんが、安易な行動が自分の人生を狂わすことになる。そして、このトラップは、誰の周りにも転がっていて、ちょっとした心の隙間に忍び込んで人の人生を変えてしまう。でもこれは誰のせいでもなく、自分自身の心の持ち方のせいなんですよね。
そういうこと、中学生くらいの子たちにはちゃんと教える必要があると思います。自分のしたことのツケは結局自分で払うことになるということ。
「因果応報」という言葉がありますし「情けは人のためならず」という言葉もあります。「情けは人のためならず」の意味は、「下手に情けをかけることは、相手のためにならない。」という意味ではありません。「人にかけた情けは巡り巡っていつか自分のところに戻ってくる」ということです。これは逆も然り「人に酷いことをすると、いつか自分の所に戻ってくる」。こういう意味で捉えると「人を呪わば穴二つ」とも通じるところがあります。
なんだか、宗教めいた話にも思われがちですが、結構真理をついていると思います。なので、なんかつまらないとか、暇だとか言う時の憂さ晴らしは、破壊的な行為ではなく、建設的な行為をしたほうがいいでしょう。人って、行動に心が引きずられることがありますから、心が進まない時は、行動で引っ張ってみると、よい方向に向うことがあります。
と、なんだか話題が発散してしまったので今日はこの辺で。
今日、自分の娘をロープに縛って小屋に4日間放置して死亡させた父親のニュースが流れていました。容疑者は「言うことをきかないことに腹を立てた。しつけのつもりだった」と供述しているということでしたが、これは躾ではなくて虐待です。
突き詰めて考えれば、「親の言うことを聞かないのは悪いのか?」という問題になります。もし親の言うことに私信がなく心から子供のことを思って言うことならばそれは確かにそうなのかもしれません。しかし、多にしてこういう容疑者のいう「言うことをきかない」というのは、自分にとって都合の良いことを押し付けて、その言うことを聞かないので、暴力で押さえつけたということだと思います。これは躾ではなく虐待です。
子供の躾は難しい問題で、簡単にはいきません。でも、親は口で「これをしろ」とか「これをするな」とか言うだけでなく、どうしてそうなのかをちゃんと子供が分かるように説明しなければならないと思いますし、自分が模範を示して、子供にまねをさせるところから根気強く始める必要があります。
子供は親の鏡です。もし躾がなってないと思ったならば、まずは親は自分の行動を見直すべきでしょう。
18歳未満の青少年を、18歳未満と知りながら個室に連れ込んでお酒を飲まし、淫行を行い、その行為をビデオ録画しておいて、後でそれを売りとばして利益を得る。もしこれが事実だとすれば、これは犯罪ではないのでしょうか。これが犯罪として成り立たないで、お酒を飲んだとして青少年だけが社会的制裁を受けるとしたら、この世の中は間違っていると思いますです。
 今日のニュースをみていたら、イギリスの大学の研究チームの半世紀に渡る調査の結果として、物学的な父親を父に持たないケースが、全世界では25件に1件あてはまるという調査結果がでてました。
 とっても分かりにくい表現なのですけど、同ケースの一部は人工授精の際の精子の取り違えによるものもあるけれども、ほとんどは妻の婚外交渉が原因だそうで。。。。ほぉ~~~~~そうなんだぁ。と思った次第です。ほぉ~~~~
今日、ネットニュースで美川憲一さんが、NEWSの未成年メンバーの飲酒の件について語ったコメントを見つけました。

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「高校生が親の目を盗んで飲酒するのとは訳が違う。きっと大人の勧めで飲んだんだと思う。周りの大人がダメ。ウーロン茶やジュースを勧めるべきだったわ」と周囲の人間をバッサリ。「私ならそういうことは絶対にさせない」
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私もまったく同じ意見だったのですが、なかなかそういう意見の人が私の周りにはいなくて、今回の美川さんの発言は、百人の味方を得た気持ちです。
 第一報を聞いたときは、無差別テロ的な事件なのかと思いましたが、実際は同級生の長年に渡るいじめとまわりの無関心が引き起こした事件だったようで、なんともやりきれない気持ちになりました。本事件について、藤井俊彦・県教育長は「大変な事件が起き、驚いているし、誠に遺憾に思う。けがをした生徒たちには心よりお見舞い申し上げたい。今は不安を感じている生徒たちのことを第一に考えて対応したい」と話したそうですが、一番心のケアが必要なのは、問題を起してしまった生徒だと思います。
 また、事件後学校で開かれた学年集会では、弘中幸雄校長は事件には直接触れず、学校によるサポートの方法などについて説明したということですが、本当にそんな表面的な対応で、この事件の本当の背景と、再犯のための取り組みができるのでしょうか。ネットを参考にして爆弾を作ったことや、それを簡単に学校に持ち込んだことが再犯防止のポイントになり、ネットでの掲載の規制や、学校への持込品規制の強化などが対策の中心になるようだと「枝葉をみて幹を見ず」になると思います。
 この事件の問題は、爆弾を作ったことでも学校に簡単に持ち込んだことでもなく、生徒たちは知っていた男子生徒へのいじめと男子生徒の異変に教師たちは気がつかなかったこと、または気がついても放置していたということだと思います。
 この事件では、被害者が加害者で、加害者が被害者だったという痛ましい事実を認識しなければ、一歩も進めない気がします。もちろん多くの学友を傷つけた男子学生の罪は重いけれども、多分傷つけられた大半の生徒はある意味、加害者なんだと思う。「私はいじめてない!」という生徒でも、事実を知りながら知らないフリを決め込んでいたとすれば、当の男子学生にとっては、やはりいじめていた側の生徒に含まれるのだということを考えることなしに、生徒自身、そして教師たちが単に「居合わせた生徒たちは被害者だ」と認識したとしたら、この手の事件は無くならないでしょう。
 罰せられるのは、男子生徒だけなのでしょうか。いじめを見過ごした先生は?いじめていた生徒は?見てみぬフリをしていた学友たちは?例え刑法で罰せられなくても、本当は何が問題で、人として何が罪なのか、これを機会に学ぶことこそ、学校としては大切な姿勢ではないでしょうか。
先日 ニュースの小箱「我が子を守るはずの父親が子殺し」なる話題を取り上げましたが、これに関連して、今日はにわかに浮上してきた「乳幼児の天敵は父親」なんじゃないの疑惑について考察したいと思います。最初にお断りしておきますが、これは極端な話であって、子煩悩で子育てに協力的な父親もたくさんいることは重々承知しています。その点はご理解のほどお願いします。
  最近の父親は子供に対する父親の愛情ってかなり薄くなっている気がします。もちろんそうでない人もいるとは思いますが、全体の傾向としてそんな気がします。社会的には少子化傾向とあいまって、子供に無関心で育児にほとんど協力しない父親が問題になっていますが、実際の育児現場では、まだ無関心でノータッチなのはマシなほうという話しを耳にします。
 結局,父親自身が精神的に大人になりきれていなくて、妻を第2の若い母親だと思ってる。そうなると、子供はライバル。母親が手のかかる赤ん坊にべったりになると、父親は、母親が自分の相手をしてくれない、身の回りのことをしてくれないという意識になって、子供への嫉妬がうまれる。そして子供を虐待する。よくあることのようです。このような現状で、父親を育児のために家庭に戻すという施策をとって大丈夫なのかな。。。と私はちょっと心配です。父親が早く家に戻ってきても、母親にとっては、結局手のかかる子供が一人増えただけという結果になるのでは?と思ったりします。
 父親の子殺しのパタンというのはだいたい決まっていて、子供が泣き止まない・言うことを聞かない・なつかないというパタンです。乳幼児というのは自分で自分を守ることができないので、自分にとって相手が安全な人か、危険な人かを認知する能力を持っています。だから、心から安心できる相手でないとなつかないし、無理に何かをしよう・させようとしても大抵は拒否されて、大泣きされるのがオチです。そう言う意味では乳幼児はリトマス試験紙みたいなもので、もし「NO」と拒否されたとしたら、問題は子供にではなく大人の方にあるのですよね。子殺しに走る父親は、そんな基本的なこともわかってないのでしょうね。
 子育ての理想と言えば、大抵つがいで甲斐甲斐しく子育てをする鳥類が引き合いにだされますが、私の友人に言わせると、人の子育てはトラの世界に似ているそうです。猫科の動物はメスだけで子育てするんだそうで、子育て期間中は、オスは最大の天敵なんだそうです。赤ん坊を殺そうとするからだそうです。最近の子殺しの事件をみていると、まさに乳幼児の天敵は父親だという気がします。母親がそれなりに経済的・精神的に自立していれば、父親から子供を守ることができるのでしょうが、まだ母親自身も若くて自立できてないタイプだと、そこから子供を守って逃げ出すこともままならないのでしょうね。
 家庭の中での父親の理想像というと、私は「大草原の小さな家」を思い浮かべます。不器用だけど子供たちにありったけの愛情をそそいで、外敵から家族を守る。力は家族を守る時にこそ使ってほしいものです。
 今日ニュースで「ジャニーズJr.元メンバーら強盗傷害容疑で逮捕」というニュースが流れていました。ジャニ好きな私としてはかなり迷惑なニュースなのですが、このニュースが流れたことで、実質、ものすごく迷惑している元ジュニアの子達が沢山いることを思うと、かなり怒りを覚えます。
 未成年の犯罪報道について、匿名性を守るのは、今や報道関係ではお約束なのでしょうが、もし本当に匿名性を守りたいのならば「「ジャニーズJr.元メンバー」というのも報道すべきではないと、私は思います。
 この報道のおかげで、現在19才の元ジュニアの子たちの名前が、ネットでは実名で「この子じゃないの」とじゃんじゃん流されています。まるで人気投票のように、知名度の高い元ジュニアの子は、繰り返し名前を上げられて本当に気の毒です。これが成人ならば、本当の容疑者の名前がきっちり載りますので、他の人の名前が面白おかしく流布されるなんてことはないのでしょうが、未成年だったばかりに、他の関係ない子たちがまるで犯人扱いで名前を挙げられています。
 このような状況になるのは、「ジャニーズJr.元メンバー」という枕詞をつけた時点でわかっていることなのに、何故に、それこそ何の罪もない未成年の人権に配慮しないのか、本当に不思議に思うところです。
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 1991年に現在の「40人学級」が導入され、今では「30人学級」の導入が検討されています。1クラスの定数を少なくすれば、生徒ひとりひとりに教師の指導が行き渡りやすくなるということから、こういった傾向が続いているのだと思います。また、アメリカ等の教育事情も伝えられるようになり、小人数制の学校教育が紹介される機会が増えたことも、教育関係者や保護者の気持ちを小人数学級へと向かわせる背景あるのかもしれません。 しかし、私は、この小人数学級を勧めても、最近問題になっている学級崩壊の解決の切札にはならないと思っています。
 学級崩壊の実態を見聞きするに、話しを小学校に限定するならば、その原因はごく限られた一部の生徒、人数でいうならば、1名から3名程度の生徒のケースがほとんどのように思います。最終的にはクラス中に広がって収拾がつかない状態になるのでしょうが、最初の原因を作るのはごく少数の生徒たちです。学年が変わってクラス替えがあると、もと学級崩壊のクラスにいた生徒でも落ち着いて普通に授業を受けるようになりますし、逆に、もともとは問題のなかった生徒でも、新しいクラスに原因となる生徒が入ると、嫌をなしに巻きこまれて行くことになります。
 問題となる生徒が1人でもいると、担任の先生はほとんどその生徒の指導にかかりっきりになってしまいます。そして、残りの生徒は、きちんとした授業も受けられずに放置されてしまう。学級崩壊により受けられるはずの教育を受けられなかった回りの生徒達の被害は甚大です。
 小人数学級にすると問題になる生徒がクラスに含まれる確立が低くなる可能性はありますが、もし1人でもいれば、大人数学級でも小人数学級でも結果は同じです。しかもクラスが小規模になればなるほど、子供たちにとっては、生徒同士の人間関係の密度が増しますので、イジメなどのリスクは増すわけで、必ずしもいいことばかりではありません。
 これらのことを考え合わせて、私が思うとこは、今必要なのは「小人数学級」ではなく、担任複数制だと思います。極論を言うなら、今のクラスを2つくっつけてでも担任を2人にしたほうがいいと思います。特に問題のない生徒の集団は、30人でも、50でも、大差なくきちんと授業を受けることができます。必要なのは、学級崩壊の状況の中で、学習の機会を失っていた生徒に、きちんと学習の場を提供することです。複数担任にすることにより、問題となる生徒の指導を中心に行う教師と、普通の生徒の指導に専念する教師というように役割分担ができれば、これまで放置されてきた普通の生徒達にとっても福音ですし、ひとりで問題を抱えこまないで済む教師にとっても福音です。
 最後に「問題となる生徒」ですが、私は、このタイプの生徒を「悪い生徒」と位置付けているわけではありません。そういう行動に出るのにはそれなりに理由があるのでしょうし、そういう生徒に対するフォローは必要だと思います。しかし、今のようにクラスに担任がひとりで、問題の生徒の指導にかかりっきりになると、学級崩壊に繋がり、他の生徒の保護者からの問題の生徒への風当たりはものすごいものになります。そのせいで、問題の生徒が不登校になった話しを聞いたことがあります。その結果、クラスは平常状態に戻り、生徒たちもその保護者たちも喜んだということでした。しかし「問題の生徒」を排除することでしか解決できないとしたら、教育のシステムが間違っているのではないでしょうか。
 担任複数制は未知の制度で、その効果も今のところはっきりとした裏付けがあるわけではありませんし、実際に導入するとなれいろいろ問題はあるとは思いますが、取りあえず、今学級崩壊が問題となっている学校で取り入れてやってみる価値はあると私は思います。
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