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まだ安倍内閣が誕生して間もないというのに、安倍内閣の閣僚は、あまりに質が悪すぎませんか?議員公舎を違う目的で使って自分勝手に解釈して平気な人、その大臣を務めるにはあまりに資質が欠けている人。こんな閣僚メンバーで、本当に「美しい日本」が実現できるのでしょうか。
法律に違反していなければ何をしてもいいというわけではないことは、誰もが知っていることだと思います。法は拡大解釈していいものではなく、やってはいけない最低ラインのもの。それ以外に社会には慣習やモラルや不文律があります。そのハードルをどの高さに設定するかは、個々の個人の人格の高さによって違ってきますし、おかれた環境によっても違います。
「衣食足りて礼節を知る」といいます。少なくとも政治家は、湯水のように贅沢にお金を使わない限り、衣食が足りる程度の議員報酬を得ているはずです。しかも人の上に立つ人です。もっと礼節をわきまえるべきでしょう。自分の行為には常に「三省」の気持ちを持って、客観的に自分の行動や発言が国の指導者として尊敬に値するものかを省みてほしいものです。それくらい自分に厳しいというのが、まずは政治家たる人に必須の資質ではないでしょうか。
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今日、自分の娘をロープに縛って小屋に4日間放置して死亡させた父親のニュースが流れていました。容疑者は「言うことをきかないことに腹を立てた。しつけのつもりだった」と供述しているということでしたが、これは躾ではなくて虐待です。
突き詰めて考えれば、「親の言うことを聞かないのは悪いのか?」という問題になります。もし親の言うことに私信がなく心から子供のことを思って言うことならばそれは確かにそうなのかもしれません。しかし、多にしてこういう容疑者のいう「言うことをきかない」というのは、自分にとって都合の良いことを押し付けて、その言うことを聞かないので、暴力で押さえつけたということだと思います。これは躾ではなく虐待です。
子供の躾は難しい問題で、簡単にはいきません。でも、親は口で「これをしろ」とか「これをするな」とか言うだけでなく、どうしてそうなのかをちゃんと子供が分かるように説明しなければならないと思いますし、自分が模範を示して、子供にまねをさせるところから根気強く始める必要があります。
子供は親の鏡です。もし躾がなってないと思ったならば、まずは親は自分の行動を見直すべきでしょう。
短大生遺体切断事件の被害者の親であり、容疑者の親でもある父親と母親が容疑者の弁護士を通じて公表したという手記を全文を読みましたが、なんともいえない後味の悪いものでした。

殺された妹については「他を顧みない自由奔放な性格と言動は、家族から理解されていなかった」「両親を悩ます元凶」「大変気が強く、絶対と言っていいくらい自分から非を認め謝るということのできない子供」と語り、容疑者の兄は「優しく、家族に対し暴力を振るったりするようなことは一度もありませんでした」妹の進学についても「懸命にパソコンで探し当て、やっと入学期限に間に合った」と語られています。
そして最後に「今となっては、何故あの時、亜澄が「ご免なさい」と兄に謝ってくれなかったのか、もし、謝ってさえいてくれれば、兄も我に返り、このような凶行に至らずに済んだのではないか」となっていました。

たとえ「他を顧みない自由奔放な性格」で人を小馬鹿にするような言動をする子であっても、木刀で殴られ、首を絞められ、浴槽に沈められ、最後には遺体をバラバラに切り裂かれていいという話はないでしょう。逆に、どんなに日ごろ親には優しい子でも、妹にこんな暴挙をしてよいはずないでしょう。

謝らなかった被害者が悪いのでしょうか。でもこの被害者程度の困った性格の子供なんて世間にはざらにいると思います。家庭内暴力を振って家族の身の安全が確保できない状態とか、お金使いが荒くて、家族に借金の肩代わりをさせて、その借金取立てが酷くて家族はまっとうな家庭生活ができないとか、犯罪を繰り返して、地域社会での家族の居場所を奪ってしまうとか、そういう問題を起こして家族の生活をめちゃくちゃにしていたわけでもなく、単に両親の価値観とは合わなかったというだけでしょう。その程度の問題を抱えた家族は、日本中、山ほど溢れていると思います。殺人事件に発展するほどの話ではないはず。

娘がこんなに惨い殺され方をして、「なんて可哀想に」と一番心から悲しんで涙するのは、普通、両親だと思うのですけど、この被害者は本当に哀れです。実の兄に惨い殺され方をした上に、両親には「あなたが謝ればよかったのに。」と言われる。

この手記を読んで感じたことは、この両親は自分たちの言うことを良く聞いて期待に応えようとする兄が可愛く、自分たちの価値観を否定して生きている妹は疎ましかったのだろうということ。容疑者は3浪を決めた時に、両親からもう別の道を選べばといわれたけれども、自分から懇願して浪人を決めたということでした。でも、これは、両親が口で言った言葉でなく、両親の心の声をキャッチして、親の期待に応えたいと思って言い出したことではないでしょうか。
今回の殺人も、「この子(妹)さえいなければ。。。」という親の心の声を長年聞き続けて、容疑者の意識の奥底に蓄積されていたのではないかとすら思いました。

この手記を出すことで、容疑者の刑を少しでも軽くしたいという思惑があったのでしょうか。親として、子供の刑を軽くしたいという気持ちもまた分からなくはないですが、だからといって、死者に鞭打つような、深読みすれば、こんな子だから殺されても仕方なかったんだよと容認するような手記は、親として出すのはいかがなもんでしょうか。

私が親だったら、堂々巡りと知りながらも後悔して繰り返し思うことは、「何故あの時、亜澄が「ご免なさい」と兄に謝ってくれなかったのか、もし、謝ってさえいてくれれば。。。」ではなく「何故あんな受験生の精神状態が不安定な時期に、仲の悪い兄妹を二人残して、自分たちだけで旅行なんかに行ってしまったのか。妹も連れて行っていれば。。。両親の片方でも残っていれば。。。」という後悔だと思います。

そもそも人の行動を後悔するというのは理解できないです。それは、反省ではなく、ある種の憎しみでしょう。
今年は税制が変わり、国と地方の税財政改革で所得税と住民税の比率が変わります。所得税と住民税の収入合計は変わらないのですが、この適応月が、所得税は1月からで、住民税は6月から。ゆえに、1月から5月の間は、税金が下がるという現象が起きます。
しかし、今年の税制変更は、もう1つありまして、1月から定率減税全廃となります。なので、1月に下がったように感じる税金が6月には急に上がったという印象になるかもしれません。
でもこれは決して増税ではないと各省庁、“増税”払拭のPRに必死なんだそうです。定率減税全廃と税源移譲のタイミングの問題で、増税ではないっていうわけですね。
しかし、年収700万円のサラリーマンと専業主婦、子供2人の世帯で算出したところ、1月から所得税は5720円減り、6月から住民税は9400円増えて、所得税の負担減は吹き飛んでしまい、最終的には年末調整後で年額4万1000円の負担増になるという試算が出てました。
税率変更や税源移行は、確かに国民にとっては重要な問題でしょうが、各家庭レベルで考えると、家計の中で、税金の負担が上がるか下がるかは、最終的にトータルで払った税金でしか語れないのですよね。いくら増税ではないといわれても、収入が増えていないのに、税金の支払額が増えればそれは増税です。
増税が全て悪というつもりはありませんが、「“増税”払拭のPR」よりも、実質増税になった分を、どう国民のために使うのか、その説明にもっと力をいれてほしいものです。
2007.01.22 反省
webサイトで英語の教育を受けているのですけど、自己管理がなっていなくて、全然進んでいません。今日はあまりの進み具合の悪さに、事務局から催促のメールが来てました。それを読まずに閉じる軟弱な私。わかってますよ。やらなくちゃねぇ。
ファイトだ自分。とりあえず今日は1単元だけでも進もう。お!
3月に家族がオーストラリアに語学研修に行くことになりました。
私も十数年前に、オーストラリアに行ったことがあり、その時に使い切れなかった貨幣が若干残っていたので、それが使えるなら持たせようと、引っ張り出してみました。コインと紙幣を合わせて、合計で$100程度。
最新の貨幣事情を調べたところ、オーストラリアのコインは$2、$1、¢50、¢20、¢10、¢5の6種類で、今では¢1や¢2は流通していないことがわかりました。¢1と¢2のコイン山のようにありますのに、使えないのでしょうか。(シクシク)
それから紙幣は紙幣は$100、$50、$20、$10、$5の5種類。私が行った時には、まさにポリマー加工のプラスティック製の紙幣が出始めた時期で、オーストラリアでもまだ珍しかったので、記念に1枚だけ持ち帰ったのですが、今では完全に切り替わっている模様。ということで、紙製の紙幣は、銀行等で交換しないと使えないのかなと、ちょっと心配しましたが、旧紙幣はポリマー幣と同様に現地でふつうに使えるらしいです。逆に銀行で交換するほうが難しいらしいです。
実は、当時家族がオーストラリアに長期出張していまして、現地の銀行に口座を持っていました。本人はオーストラリアが気に入っていたようで、次に出張した時にも使うからと、口座をそのままにしてきてしまったのですよね。残高も2~3万あったと思います。でもって、そのまま2度と出張することもなかったのですけど、あの口座、どうなったのでしょうね。気になります。(苦笑)
会社と自宅の往復以外にほとんど公共交通機関を使わない私ですが、今日の午後はバスと西鉄電車で大宰府に行ってきました。そこで、今日バスや電車の中で見た人間模様について書きたいと思います。

まずは、最初に乗ったバスの中での出来事。
途中で女性の高齢者(60代後半~70代で、小さなおばあさんという感じの女性)が乗ってきました。バスの前方座席は埋まってましたが、後方はガラガラの状態。この状態で、その女性は一番前の運転手の左後ろの立ちました。立っている乗客はこの人一人だけ。
実はその横の席に座っていたのが私で、「どうしようかな。席を譲って後ろの席に移動しようかな。。。」と思いましたが、このガラガラの状態で敢えて立っているのにはわけがあるのかも。。。など深読している間に、後ろの席に座っていた男性が席を立って、席を譲りました。
しかしその女性は「すぐに降りますので。」とその申し出を断ったのです。実際にその女性がバスに乗ってたのは2区間だけでした。
女性が断ったことで、社内にはちょっとバツの悪い空気が流れてしまいましたが、私は、その女性が席を断ってからバスを降りるまでの、ほんの1区間くらいの間に、そっと涙をぬぐうのをみました。本当は嬉しかったのでしょうね。断られて嫌な思いをしたかもしれないあの男性に、「あなたの親切の気持ちは十分に伝わっていましたよ。」と心の中でつぶやいた一コマでした。

次に、今日一番強烈な印象を受けた話。西鉄電車で一緒になった20代と50代と思われる母娘。この二人は始発駅から乗ってきた乗客で、私はその次の駅から電車に乗り込みました。
その電車は2人用のシートの電車だったのですが、シートの背をパタンと前後に動かすことで、向かい合わせの4人用のシートにもできるタイプのものです。
たいての席は始発駅を発車する時点で、進行方向に向きになるようにシートの背が動かされていたのですが、その母娘の席は向かい合わせの4人用のままでした。そしてその母娘は進行方向向きのシートに二人並んで座っていて、向かい側のシートは空いていました。
そこで、次の駅から乗り込んだ乗客が空いていた向かいの席に座ろうと近づいてみると、そこにはずらりと買い物袋が並べられていたのです。二人組みの乗客がそのシートを覗き込んで「あっ」という表情をしたので、50代と思われる母親のほうが、その荷物のうちの数個を自分のひざに置きました。しかし、娘のほうは知らん顔で荷物を向かいの座席に乗せたまま。
その二人組みは長い距離のるわけではなかったので、一人は「私はいいよ。」と言って立ったままで、もう一人が、母親が荷物をどけた部分に座っていました。そして二人は数駅で降りて行きましたが、その乗客が去った瞬間、母親はまた向かいの座席に荷物を乗せていました。
網棚も全部空いてましたし、乗客は多くはないと言っても、立っている人もかなりいました。その状態で、4人分のシートを二人で独占してしまう母娘。あまりにも公共のマナーが悪すぎませんか?娘はともかく母親はかなり大柄な女性で、網棚に荷物を乗せるくらい簡単に出来そうですのに。

最後は、帰りのバスの中での話。私は後ろから2番目の席に座っていました。しばらくすると、まだ1歳になったばかりかな?と思われる男の子を連れた女性が乗ってきまして、2つ前のシートに座りました。その男の子は車が大好きらしく、バスの窓ガラスに張り付いて対向斜線を走る車に見いっていました。
しばらくすると20代前半と思われるイマ風な二人組みの女性が乗ってきまして、一番後ろの5人用シートに座り込んで、かなりハイテンションな状態で、かなり甲高い大きな声でおしゃべりを始めました。機関銃のようにキャーキャー話続けるのには、いささか閉口してしまった私ですが、ふと気がつくと、2つ前の席に座った男の子が、母親の肩越しに、そっと覗くような感じで、後部座席の女性二人を見ていました。というより視線釘付けでした。未知の生物を見る目といいますでしょうか。かなりびっくりしている様子で、それでも怖いもの見たさで視線が外せないといった感じ。
そのうちに、それまでおとなしかったその男の子も、甲高い声でキーキー言い出しまして、母親も困っている様子でした。きっとあの男の子は、あの女性たちの影響を受けて、自分も真似してみたのでしょうねぇ。

たまに通勤時間帯以外に公共交通機関に乗って人間観察してみるのも面白いものです。
明日はちょっと用事があるので休日出勤をパスしました。なので、今週末は2連休です。
楽しいはずの週末だというのに、今日は会社で、最後の最後、退社前の残業時間に同僚と意見の相違でやりあってしまいました。売り言葉に買い言葉というヤツですね。どうして冷静に話せないのでしょう。
後で「何故にもっと穏やかに対応できなかったんだろう」と思いっきり自己嫌悪に陥ってしまい、特にそれが週末に掛かってしまうと、思い悩む時間が山ほどあるだけに、辛いのですよね。
こういう時に、気持ちを切り替える方法があったら知りたいです。
というか、それより以前に、カチン!と来ても、穏やかに話ができるスキルを身につけたいものです。
私の場合は、誰かに何かを言われてそれが気になって気になって気分が晴れないというケースよりも、誰かに何かを言われて、思わず同じ土俵に上がって言い返してしまった自分の行為が許せなくて自己嫌悪にさいなまれてしまうのです。
個人的なことならば、黙って聞き流すのが一番なのですけど、仕事の話になると、言わなくちゃいけないことは言わなくちゃいけませんし、そのまま聞き流すわけには行かないことも多々あります。
やはり、会社の中では、人間関係が一番ストレスなんでしょうね。
自分の年齢を1日の時間に換算すると。。。という話を聞きました。
算出方法は年齢を3で割るんだそうです。
つまりは36歳の人がちょうど中間のお昼の12時ということらしいです。
それでは100歳の人は?一回りして朝の9時?等考えてしまう私は天邪鬼でしょうか。
初回から見ていますが、なかなか興味深いドラマです。
主人公の大前春子はとても極端な人物設定(仕事はとてもできるけれども、時間外、契約外の仕事は一切やらない)なのですが、何故彼女がそうなったのか、もっともっと知りたい気持ちです。
同僚でやはり派遣社員の森美雪は、また逆の意味で極端な人物設定(ほとんど仕事のスキルがなく失敗ばかり)で、今後彼女がどう変わっていくのかも興味あるところです。
正社員の東海林武もまた、極端な人物設定(正社員至上主義)で、すっごく嫌味なわけですが、あそこまで極端でなくても、正社員というのは、多かれ少なかれああいう傾向があるのかなと、思いながら見ています。
これからの放送がますます楽しみです。
どうなることかと思ったこの法案、とりあえず「通常国会への提出を断念」だそうです。ほっとひと安心。
「ホワイトカラー・エグゼンプション」の対象者が誰なのか、解釈によってどうとでも取れる灰色な法案で、成立してしまったら、あっという間に拡大運用で、大変な状態になるのが容易に想像できていたもので、本当に心配していました。
最初にこの話を聞いた時は、対象者は少なくも年収1000万以上、もしかしたら、税制に連動して、確定申告が必要な2000万以上のサラリーマンが対象か?と思ったのですが、直後に話題になった上限は400万。
年収400万ってエグゼプティブなカテゴリなんですか(@@)冗談は辞めてほしい(><)と思ったのですが、これが結構冗談ではなく話が進んでいたようで。。。まあ、最近になってようやく700万とかその程度まで上がってきていましたが、それでも、その運用は各社まかせという灰色な法案。会社でどのようにでも運用できますし、人件費削減の切り札として使われるのは目に見えてましたものね。
まあ、とりあえずほっとしました。
とはいうものの、また数年したら浮上してくるのでしょうね。
毎週日曜日放送のTBSの『華麗なる一族』の初回視聴率が27.7%(関東地区)だったそうです。TVドラマでは、キムタク、断トツの強さですね。いやはや、この数字には驚きました。
かくいう私は、途中ちらりとみましたが、特にキムタクファンというわけではないので、今後もこんな感じでしょう。
でも、『華麗なる一族』そのものには、かなり興味を持ちましたので、原作は読んでみようと思っています。
2007.01.14 女子駅伝
今日は京都で女子駅伝が開催されました。
中学生から社会人までいろいろな層の選手でタスキをつないでいくこの駅伝は、高校駅伝や大学駅伝・実業団駅伝とは違った趣があって、見ていて面白かったです。
普段はTVではあまり見ることのない中学生選手の活躍を見るのもまた、楽しみです。未来のオリンピック選手もここから生まれるのかなと期待してしまいます。
今年も京都チームの優勝。1区で14位、途中まで優勝争いから脱落かと思われていた京都チームでしたが、終わってしまえば連勝。自力のあるチームなんですね。
地元の福岡チームは9位でしたが、中学生選手が大活躍で、3区の青木選手は7人抜きで区間6位、8区の日高選手は区間5位の成績でした。この選手たちがチームの中心になる頃には、福岡も8位入賞が期待できるのではないかと楽しみです。
久しぶりの一言では済まされないくらい久しぶりに更新します。
年も改まり2007年になりました。今年は、個人的には金運の良い年ということなので、ちょっと気合を入れて財テク(既に死語?)に励もうと思っています。
世間一般には景気回復基調らしいのですが、私の収入にはまったく関係ないようで、微々たる増収も、各種税金や各種社会保障費のアップであっという間に吹っ飛び、手取りでは逆に減収という憂き目を見ています。しかも、ひそかに期待していた12月の年末調整も、ほとんど調整なしで他の月と変わりない振込み額でした。
ということで、少ない今後も収入増はあまり期待できないので、なんとか、金運のよい今年はなんとか、手持ちの資金を増殖させたいと思っています。
今年の抱負は「利殖に励む!」です。

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