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短大生遺体切断事件の被害者の親であり、容疑者の親でもある父親と母親が容疑者の弁護士を通じて公表したという手記を全文を読みましたが、なんともいえない後味の悪いものでした。

殺された妹については「他を顧みない自由奔放な性格と言動は、家族から理解されていなかった」「両親を悩ます元凶」「大変気が強く、絶対と言っていいくらい自分から非を認め謝るということのできない子供」と語り、容疑者の兄は「優しく、家族に対し暴力を振るったりするようなことは一度もありませんでした」妹の進学についても「懸命にパソコンで探し当て、やっと入学期限に間に合った」と語られています。
そして最後に「今となっては、何故あの時、亜澄が「ご免なさい」と兄に謝ってくれなかったのか、もし、謝ってさえいてくれれば、兄も我に返り、このような凶行に至らずに済んだのではないか」となっていました。

たとえ「他を顧みない自由奔放な性格」で人を小馬鹿にするような言動をする子であっても、木刀で殴られ、首を絞められ、浴槽に沈められ、最後には遺体をバラバラに切り裂かれていいという話はないでしょう。逆に、どんなに日ごろ親には優しい子でも、妹にこんな暴挙をしてよいはずないでしょう。

謝らなかった被害者が悪いのでしょうか。でもこの被害者程度の困った性格の子供なんて世間にはざらにいると思います。家庭内暴力を振って家族の身の安全が確保できない状態とか、お金使いが荒くて、家族に借金の肩代わりをさせて、その借金取立てが酷くて家族はまっとうな家庭生活ができないとか、犯罪を繰り返して、地域社会での家族の居場所を奪ってしまうとか、そういう問題を起こして家族の生活をめちゃくちゃにしていたわけでもなく、単に両親の価値観とは合わなかったというだけでしょう。その程度の問題を抱えた家族は、日本中、山ほど溢れていると思います。殺人事件に発展するほどの話ではないはず。

娘がこんなに惨い殺され方をして、「なんて可哀想に」と一番心から悲しんで涙するのは、普通、両親だと思うのですけど、この被害者は本当に哀れです。実の兄に惨い殺され方をした上に、両親には「あなたが謝ればよかったのに。」と言われる。

この手記を読んで感じたことは、この両親は自分たちの言うことを良く聞いて期待に応えようとする兄が可愛く、自分たちの価値観を否定して生きている妹は疎ましかったのだろうということ。容疑者は3浪を決めた時に、両親からもう別の道を選べばといわれたけれども、自分から懇願して浪人を決めたということでした。でも、これは、両親が口で言った言葉でなく、両親の心の声をキャッチして、親の期待に応えたいと思って言い出したことではないでしょうか。
今回の殺人も、「この子(妹)さえいなければ。。。」という親の心の声を長年聞き続けて、容疑者の意識の奥底に蓄積されていたのではないかとすら思いました。

この手記を出すことで、容疑者の刑を少しでも軽くしたいという思惑があったのでしょうか。親として、子供の刑を軽くしたいという気持ちもまた分からなくはないですが、だからといって、死者に鞭打つような、深読みすれば、こんな子だから殺されても仕方なかったんだよと容認するような手記は、親として出すのはいかがなもんでしょうか。

私が親だったら、堂々巡りと知りながらも後悔して繰り返し思うことは、「何故あの時、亜澄が「ご免なさい」と兄に謝ってくれなかったのか、もし、謝ってさえいてくれれば。。。」ではなく「何故あんな受験生の精神状態が不安定な時期に、仲の悪い兄妹を二人残して、自分たちだけで旅行なんかに行ってしまったのか。妹も連れて行っていれば。。。両親の片方でも残っていれば。。。」という後悔だと思います。

そもそも人の行動を後悔するというのは理解できないです。それは、反省ではなく、ある種の憎しみでしょう。
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